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魔王 (講談社文庫)

魔王 (講談社文庫)

 

未来にあるのは、青空なのか、荒野なのか。世の中の流れに立ち向かおうとした、兄弟の物語。政治家の映るテレビ画面の前で目を充血させ、必死に念を送る兄。山の中で一日中、呼吸だけを感じながら鳥の出現を待つ弟。人々の心をわし摑みにする若き政治家が、日本に選択を迫る時、長い考察の果てに、兄は答えを導き出し、弟の直観と呼応する。ひたひたと忍び寄る不穏と、青空を見上げる清々しさが共存する、圧倒的エンターテインメント!


なるほど、確かに巷間(多くはネット上)で話題に上った通り、内容はかなり政治的で、文体は攻撃的だ。ネットで見た限り、感想は賛否両論、当惑も多かったので期待をせずに読む。が、読了して分かったのは、私はこの本が好きだということ。そして、それが一番大事なのだということ。 恥ずかしいことに私は本書の中の「考えない大衆」のように、ネット上の評判という情報だけで本書を知ったつもりになっていたのだ(それも一方的に、マイナス方向に)。実感と経験のない思い込みに最初から囚われ、疑いもせずに確信していた。考えろ考えろ、私!


本書は確かに従来の伊坂さんの小説とは毛色が違う。当初はその獰猛さに当惑したけれど、読み進めるほど非常に奥深く、魅力的だということを知った。私は本書を近未来シミュレーションとして面白いと感じた。近い将来あり得るかもしれない日本の行方。その描写は非常にリアリティがあるように思い感心し、そして同時に怖さも感じた。完全に「後出しジャンケン」でしかないが、私も漠然と社会(大衆)が簡単に洪水に流されてしまう不安を感じる。それは私自身が世界の、社会の問題を対岸の火事のように感じているからでもある。現代はクリック一つで、スイッチ一つで「火事の現場」を分かったような気になれる社会だ。時間と距離を跳躍出来る便利さが、考える力を奪い去っているのかもしれない。また日本人論としても面白い。特に「呼吸」の『この国の人間はさ、怒り続けたり、反対し続けるのが苦手なんだ』以降の件は興味深くも納得してしまい、反省させられた。


文章的な点では言葉の繰り返し、伏線の張り方が相変わらず上手い。一度目ではそのままの意味しか持たない描写も、二度目・三度目には複合的に意味を帯び、時に笑いを誘い、そして時に胸を打つ。しかし本書のマイナス点として、まず「魔王」では、なぜ安藤(兄)が最初から全ての事態を一直線にファシズムに結びつけ、その考えに囚われているのかが分からない(この盲目的思考こそ「魔王」の怖さなんだろうけど)。説明が足りていないように思う。また「呼吸」の終わり方は呆気なく、中途半端だという気もした。この話に続編はあり得るのだろうか…?


そういえばドゥーチェのマスターは「殺し屋」とは違いますよね? 謎の心筋梗塞というと漫画の「DEATH NOTE」を連想してしまう私。あれも死神が出てきますね。

魔王まおう   読了日:2006年04月09日