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妃(きさき)は船を沈める (光文社文庫)

妃(きさき)は船を沈める (光文社文庫)

「妃」と呼ばれ、若い男たちに囲まれ暮らしていた魅惑的な女性・妃沙子には、不幸な事件がつきまとった。友人の夫が車ごと海に転落、取り巻きの一人は射殺された。妃沙子が所有する、三つの願いをかなえてくれる猿の手は、厄災をももたらすという。事件は祈りを捧げた報いなのだろうか。哀歌の調べに乗せ、臨床犯罪学者・火村英生が背後に渦巻く「欲望」をあぶり出す。


有栖川さん曰く火村英生第八長編、…らしいのだが、これを長編と呼称するのは無理がある中編集。2つの中編を結ぶのは"妃"という綽名の女性の存在。願い事を叶えてくれる見返りに悪い事も身に降りかかると言われている「猿の手」を持つ彼女が、第1の事件とその2年半後の第2の事件で願った事とは…。
"妃"という人物の他には2編の共通点は「3」だろうか。「猿の手」が叶えてくれる願い事は3つ、どちらの事件も主な容疑者は3人、そして事件を複雑にさせる要素も3つ。どちらの事件でも被害者を殺す動機のある者にはアリバイが成立し、犯行が可能な者には動機が欠けているか、犯行を行う能力が欠如していた。本書の3つの特徴は"妃"の数奇な人生、犯人特定の困難さ、そして動機の奇抜さ、かな?
本書の中心には"妃"がいるのだが、それほど強烈な存在感を示す人ではなかったなぁ。有栖川さんの描く悪女は端正な筆致のせいか、どうしても乾いた印象を受ける。もっとデロリと濃密で噎せ返りそうな雰囲気が欲しかったところ。"妃"という女性は火村先生の嫌いなタイプっぽくはあったが。
むしろ存在感があったのは、後編に登場した女性刑事・高柳真知子さん。捜査中の火村の癖を鋭く指摘した彼女は今後のシリーズの重要人物になる予感がした。あとは火村VSアリスの友情を崩壊させる泥沼の三角関係とか…(大喧嘩の末、コンビ解散(笑))。しかし彼女なら火村さんも救えそうな気がした。次作に注目。

  • 「猿の左手」…大阪湾に転落した車の中から発見された男性の遺体。彼には多額の保険金が掛けられている事から、警察は保険金殺人を疑うのだが…。被害者の妻は催眠を商売に、その友人の女性は若者を囲う事で英気を養い、その女性の養子は過去のトラウマに苦しむ。全編通じて「心」がキーワードか。近年の有栖川作品はその心、動機が特殊なケースが多い気がする(そして余り腑に落ちない…)。本編とリンクはしているものの、事件よりも「猿の手」の新釈の方が面白かったなぁ。だって事件の方は(ネタバレ:反転→)目撃者は出てくるし、事実は一度否定した泳ぎでの逃亡だし、歯型も後から付け足したような説明(←)だったから…。
  • 「残酷な揺り籠」…前編から2年半後、大阪北部を震源地とする地震発生の日、一軒の邸宅の離れで銃殺死体が発見された…。予測不可能・回避不可能の地震発生が重要な鍵となる。そして密室状況を創り出した部屋の鍵も重要な要素になっている。この事件では(ネタバレ→)被害者の銃創から発砲位置の低さ(加害者の身長)や、壁の弾痕から発砲位置が特定など出来ないものなのか。そして車椅子の室内での痕跡は残りやすいのでは?(←)と思った。すみません、イチャモンばかりで…。あれっ、作中時間はちゃんと進んでいるみたい(本書では2008年?)。火村先生も准教授という肩書きです。でも相変わらず30代前半なのね…?

妃は船を沈めるきさきはふねをしずめる   読了日:2009年02月21日