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女王国の城 上 (創元推理文庫)

女王国の城 上 (創元推理文庫)

女王国の城 下 (創元推理文庫)

女王国の城 下 (創元推理文庫)

ちょっと遠出するかもしれん。そう言ってキャンパスに姿を見せなくなった、われら英都大学推理小説研究会の部長、江神さん。向かった先は“女王”が統べる聖地らしい。場所が場所だけに心配が募る。週刊誌の記事で下調べをし、借りた車で駆けつける―奇しくも半年前と同じ図式で、僕たちは神倉に“入国”を果たした。部長はここにいるのだろうか、いるとしたらどんな理由で―。

江神さんと再会できてほっとしたのも束の間、人類協会の総本部で大事件が発生。それなのに、協会は外部との連絡を断ち自力で犯人を見つけるという。どうしてこうなってしまうの?殺人事件に巻き込まれるだけでたくさんなのに、また閉じ込められてしまった。翌朝轟いた銃声は事態をさらに悪化させたけれど、これを好機と見てモチさんとアリスが行動を開始、織田さんと私も…。


2007年に15年ぶりに再開した江神二郎シリーズ。いつの間にかに私たち読者は作中の江神さんたちよりも約20年先の未来人になってしまった。そんな未来人の私たちが読む、今回のアリスや江神さんたちの活躍の場は宇宙人降臨の地。地価バブルという俗世間的な追い風を受けて急成長する宗教団体、その聖地で起こる殺人。殺人事件が起きても捜査機関を頑なに呼ばない女王の国の住人たちに困惑する英都大学推理研(通称:EMC)一同。本拠地である城も、城下町も信者ばかりの土地で、EMCメンバーは孤軍奮闘するのだが…。
本書でアリスたちが直面する問題(軟禁状態と殺人事件)の解決方法は2つである。1つは事件を解決する事で「国」側の許可を得て城外へ出る方法。そしてもう1つは「国」外へ自力で亡命する手段である。読者は本書を「ミステリ」である前提で読んでいるから、事件は解決される為に発生する、ぐらいに思っている。しかしアリスたち当事者にとっては身の安全が第一である。ただ彼らの脱出劇も読者の緊張感を持続させる効果はあるが、正直、事件はいつ解決するのさ!?と苛立った。
確かに本書は少々長い。決して贅肉が削ぎ落とされた体脂肪の低いミステリとは言えない(好みの体型は人それぞれだけど)。彼らの脱出劇は2重のクローズド・サークルの確認や、推理の手がかりとして必要なのだが、やはり冗長に感じた。けれど一番許せなかったのは100ページのアリスのトリップ。今後の展開の予言だとしても、強い憤りを感じた。またカフカ『城』を始めとした本の紹介も、アリスというよりも作者・有栖川さんの主張という気がしてならない。良くも悪くも有栖川作品では作者の存在を意識させられます。
本書でもこれまでの3作と同じくクローズド・サークルやダイイングメッセージが共通の「コード」として使われている。また本書ではシリーズ第3弾の『双頭の悪魔』と同じように、EMCメンバーは散り散りに行動する破目に陥る。作中でEMCメンバーは何度も出会いと別れを繰り返している。これまでの作品と大きく違うのは、(シリーズ作品のネタバレ:反転→)前3作が犯人の自殺・死亡で終わったのに対し、本書は犯人の身柄が拘束された(←)点だろう。本書は静かに閉幕と見せかけて…。
殺人事件の死因は絞殺と銃殺。実は今回の事件は犯人が合理的な行動をしたとは決して言えない「ちぐはぐな殺人犯である。しかし江神さんは、その「ちぐはぐ」すらも論理を以って「合理的」に解決する。銃殺に関してはシリーズ2作目『孤島パズル』と同じ長所と短所が語られる。しかし本書では銃殺自体よりも金属探知機と協会の捜索による凶器の持ち込みが大きな謎として存在する。
真相披露の際、珍しく江神さんは関係者を一堂に会して話を始める。これは犯人の心理を見抜いていたからであり、また教団関係者全員を納得させて穏やかに脱出する方策でもある。「正統派」という言葉が似合う推理の筋道は15年間変わらないが、本書では特に、(ネタバレ→)11年前の事件が今の事件にも大きく絡んでくるという、時の流れ・人の成長を感じさせたのは良かった(特に本書では15年ぶりのシリーズ再開というメタ視点(現実)での時間の流れも含めて)(←)。私は勝手に宗教団体が舞台という事で、動機のカテゴリとしては「特殊な動機モノ」を覚悟&期待していたのだが、一般的な動機に落ち着いてしまって少々残念。
シリーズ後半の本書では各所に卒業や進路などの話がありモラトリアムの終焉を予感させる。一方で、いよいよ恋愛の始まりか…!? ラストには江神さんが宇宙人<ペリパリ>降臨の種明かしまでして教団のカタストロフかと思ったのだが、江神さんはそこまで失礼な人ではないか。更にラストに2つの意外な真相。この先の、平成の「失われた10年」や「不況」の間に教団がカルトに暴走しない事を祈ります。

女王国の城じょおうこくのしろ   読了日:2008年04月27日