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殺戮にいたる病 (講談社文庫)

殺戮にいたる病 (講談社文庫)

永遠の愛をつかみたいと男は願った。東京の繁華街で次々と猟奇的殺人を重ねるサイコ・キラーが出現した。犯人の名前は、蒲生稔! くり返される凌辱の果ての惨殺。冒頭から身も凍るラストシーンまで恐るべき殺人者の行動と魂の軌跡をたどり、とらえようのない時代の悪夢と闇を鮮烈無比に抉る衝撃のホラー。


犯人が逮捕され、犯人の実名が明かされて始まる前代未聞のミステリ。犯人の名は蒲生稔。本書は犯行を重ねる蒲生稔の視点、息子が連続殺人犯ではないかと疑う蒲生雅子の視点、被害者の関係者として事件に関わる元刑事・樋口の捜査側の視点の3つから語られる。結末から始まる物語は、実は物語が終わる事で初めて始まる。酸鼻を極める殺人の描写に目を奪われがちだが、全体の構成を考えると非常に端整な作品。単純な構図だからこそ、事実の衝撃がダイレクトに伝わる。92年の刊行から15年以上が経過した時点で読んでも驚愕できた事が嬉しかった。ここまでネタバレを無事に回避できた幸運(?)に感謝。
ミステリとしての構成も出色の出来だが、本書が話題になる要因の一つはその猟奇的犯行とその詳細な描写ゆえだろう。しかし犯行の様子も眉を顰めるものではあるが、何と言っても恐怖を感じるのは蒲生稔の犯行の行動倫理、大胆さと幼稚さの共存する人物像だった。我孫子さんの他書『メビウスの殺人』読書時にも思ったが、我孫子さんは冷静に壊れている人の描写が上手い。表面的に精神に異常にきたしているというよりも、どこか一部分の物事に対してのみ「正常」の判断が自分の価値観に準拠している人物。その人物は誰にも気づかれる事なく静かに壊れている。その「普通であって普通じゃない」犯人像が、作中の警察の捜査を撹乱させ、読者に今までにない驚愕を提供する。
静かに壊れている、と言えば息子の部屋を逐一チェックして息子の行動を監視する蒲生雅子も怖い。蒲生稔と雅子、一つの家庭の中にカタストロフィへの狂気が圧縮されていく。犯行の描写の一方で、物語を取り巻くその狂気・瘴気に滅入る。成熟しきれない親と子は、やがてその愛情を暴走させていく。現代社会・家庭が生み出す新たな病は、やがて殺戮を呼ぶ。一方で家族に隠れて犯行を重ねる人間がいて、一方で息子に隠れて犯行を証明(否定)する人間がいる。殺人が起こる東京の都市と、殺人を起こす一軒の家庭、それぞれの愛。一貫して描かれる家族や愛情の問題と、それを体現する登場人物たちの配置の美しさに感嘆した。
敢えて難点と言えば元刑事・樋口が定年過ぎの男性だとは読めない箇所だろうか。ちなみに樋口は静かに壊れてはおらず、静かに死にかけている人。その耄碌からか元警官の割に私的捜査の方法が雑すぎる。彼の役割は兎も角、彼が抱える孤独は最後までよく分からなかった。あとは雅子の行動で(ネタバレ:反転→)前半の息子の行動と犯人の行動に一致があり過ぎる点が問題か(後半は必然だけど)。決定的な否定要素が1つでも見つかればそれで彼女の疑惑は消えてなくなる(←)のだから。そこは少しだけ御都合主義かな。

殺戮にいたる病さつりくにいたるやまい   読了日:2009年01月11日