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尖ったナイフで 触る物みな傷つける 12で天才と呼ばれた少年。

バッテリー (角川文庫)

バッテリー (角川文庫)

「そうだ、本気になれよ。本気で向かってこい。関係ないこと全部捨てて、おれの球だけを見ろよ」中学入学を目前に控えた春休み、岡山県境の地方都市、新田に引っ越してきた原田巧。天才ピッチャーとしての才能に絶大な自信を持ち、それゆえ時に冷酷なまでに他者を切り捨てる巧の前に、同級生の永倉豪が現れ、彼とバッテリーを組むことを熱望する。巧に対し、豪はミットを構え本気の野球を申し出るが…。『これは本当に児童書なのか!?』ジャンルを越え、大人も子どもも夢中にさせた話題作。


どうせ児童小説だから…、と決して見くびっていた訳ではないけれど想像以上の作者の小説の上手さに驚いた。まず登場人物(特に主人公の巧の家族と豪)の人物造形に瞠目。誰もが生きた人間としてそこに描かれていた。そして一冊の小説としての完成度の高さに舌を巻いた。「おろち峠」から始まって「おろち峠」で終わる、春休みの短い期間のみを描いた物語は読者に全く別の風景を見せて終わる。凄いな。やっぱり見くびってたのか…? ジャンルや年齢で物事を判断するなんて、主人公の巧が「大人ってヤツは…」と一番嫌悪し軽蔑する事だろう。
前述の通り本書で描かれているのは主人公の原田巧が中学校に上がる前の春休みの短い間。しかも野球小説だというのに作中で試合は1試合も行われず、ただ引越先で出会ったキャッチャー永倉豪とバッテリーを組んで投球練習をするのみ。しかしその描写だけで巧の投手としての技量の高さ・矜持・長所と弱点、そして豪との相性の良さがしっかり描きこまれていた。やっぱり凄い。
自分に絶対の自信を持つ巧は、非行とは違う意味で「尖ったナイフ」である。触る者みな、傷つける。思春期という時期でもあるが彼のナイフの鋭利さは神経の鋭さの表れでもある。目標の高さ、生き急ぐ速度、嘘を一切許さない実直さが刃を鋭くし、逆に鈍い者への苛立ちにも変える。巧の家庭環境は穏やかな方なのだが、病気で庇護されてばかりの弟や自分の事を知ろうともしない両親たちに巧は不用意に「ナイフ」の刃を向けてしまう。投手としてはコントロール完璧な巧でも、自分自身の精神コントロールは決して得手ではないらしい。
だが作中の花の香りが梅から桜へ移り変わる頃、おろち峠の山の雪が溶けたように、巧の家族にも雪解けが訪れる。母と祖父の歩み寄り、そして巧と家族の愛情の再確認。だからと言って今後も巧は家族に甘えたりしないだろう。彼はどこまでも孤高である。だが今後、彼は家族に「ナイフ」を向けたりはしない。さて足場の整い、いよいよ中学校に入学する巧の今後の投球の行方は…。
巧という主人公の存在も勿論大きいが、序盤の転居前の隣人のおばさんの容赦のない陰口であるとか、子供の進路問題など決してスポ魂だけでは片付けられない現実的な描写がワサビのようにピリリと全体の雰囲気を引き締めていた。
特に上手いなー、と思ったのは巧と母との会話。青波の境遇を理解しつつ、青波に掛かりっ切りだった母との距離感が如実に表れていた。巧は母は自分に手を焼いて放任している思っているが、母はやはり母であった。そして巧の巧なりの青波を始めとした家族への思いやりや優しさも好きだった。

バッテリー   読了日:2009年03月17日