
青木 琴美(あおき ことみ)
カノジョは嘘を愛しすぎてる(カノジョはうそをあいしすぎてる)
第09巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★★(6点)
小笠原秋は元カノである茉莉に曲を書くことになり、今カノの小枝理子は秋の後釜ベーシストであるクリプレの心也に自分たちのバンドのデビュー曲を書いてもらうことになる。からみあうそれぞれの気持ち。「この曲、気持ちいい」無事レコーディングを終えた理子だが、プロデューサー・高樹からTVデビューでの口パクを命じられる。抵抗する理子。そして、CDデビューの日がやってきた!
簡潔完結感想文
- 『6巻』の楽曲完成から いつまでもデビューしないMUSH&Co.と、直後に発売する茉莉。
- 心が引き裂かれた女性は鬱と多幸感のどちらかの症状が出る。理子は前者、茉莉は後者。
- 茉莉に横取りされた楽曲はボツになったが、本当の理子のための楽曲は どこへ行くのか。
音楽的存在と恋愛的存在、2つのカレ の 9巻。
茉莉(まり)に横流しされた曲の行方に決着が付いたけれど、次は正真正銘 秋(あき)が理子(りこ)のために作った曲の行方が気になる。2つの新曲の行方が気になる『9巻』だった。秋は理子に描いた曲が世間に公表されることが遠のく、そして秋という天才に打ちのめされ続ける心也(しんや)という、どこまでも終わらない「僕」たちの苦悩を作者は描きたいのだろうか。
この世界はアンビバレント(相反する考えを抱いている状態)に満ちている。例えば ずっと描かれているように秋と心也の2人の関係は互いへの憧憬と嫉妬で成立している。相手が軽視している才能を、自分は喉から手が出るほど欲している。そのことを相手に伝えることを、2人の関係性が最初からビジネスライクであったことが難しくしている。瞬(しゅん)のように幼なじみであれば、抱える羨望も含めて尊敬し合える仲になったはずだ。
その関係性を難しくしているのが理子という存在。律儀な理子は、手を取った順番を守り続け、自分の中の音楽と恋愛を綺麗に切り離す。だけど秋は恋人であり音楽家だった。これまでバンド・CRUDE PLAY専属の作曲家だった秋が元カノ・茉莉に楽曲提供をすると知り、理子の中で音楽家の秋も欲する気持ちが芽生えてしまう。


茉莉は自分の中の男性に求める、父性と異性という要素が2つに引き裂かれていることで精神的に不安定になっていたけれど、その現象が理子にも起きる。理子は秋に音楽と恋愛、そのどちらも望みそうになるけれど、それは自分の中の約束事が許さない。茉莉に対して恋愛的勝者なのだけど、音楽的敗者になったことで理子もまたメンタルの安定を欠く。
そんな茉莉のメンタル崩壊を防ぐため、高樹(たかぎ)は秋に茉莉の曲を作るよう仕向ける。茉莉が悲惨なのは、それが秋が自分に戻ってきたと思い込むこと。そして秋が理子のために曲を作っていて、それが自分に横流しされていることを知らないこと。秋の理子への音楽的執着が強くなっている現状に気づかないまま、茉莉は理子にマウントを取る。そして描き下ろされた秋の曲もまた秋が茉莉を想って作ったと事実に反した妄想にすがる。茉莉のメンタルは復活しているようで崩壊する準備が整っている。高樹が思うがままに采配を振るっているとはいえ、秋の中途半端な態度が人を傷つけている。
高樹の画策によって これまで吹き出てこなかった対象への憎悪が噴き出している。これから理子たちがデビューしようというというのに作品には清々しさの欠片もない。作品全体が憎悪の色が濃くて、音楽が世界を一新するどころか、足を引っ張り合う関係ばかりで さすがに辟易する。
ただ高樹が悪かというとそうではない。高樹ほど作中の3つのアーティストたちを愛し、全員をスターにしようという強い意志を持っている人はいない。
秋が理子に自分勝手に歌を封印させようとしたことから彼の苦悩は始まっている。もし高樹なら自他の破滅を招いてでも自分の音楽を世に出すことを選んだだろう。皆、高樹ほど強くないから悩む。10代の理子だけでなく、20代でも未熟な彼らだからアンビバレントな感情を抱くのだろう。
それにしても理子たちは いつデビューするのか。いよいよ、というところまで来ているが、トントン拍子にデビューが決まった割には そこからが長い。
その一方で茉莉の曲は完成して即 世間に発表されている。リアルタイムで刻々と変わる情勢を描きたいのだろうけれど、今回の曲が すぐに世に出るのは、ここまで厳しい現実を盛り込んできた作品にしては漫画的な展開に思えた。茉莉の音源制作期間だけ歪んでいるのが気になった。
元カノの茉莉に秋が自分には曲を作ってくれる、とマウントを取られた理子はCRUDE PLAYのアキの楽曲への羨望を思わず口にしてしまう。その言葉を心也が聞いていたことも知らずに…。というだけの1話。理子の人生と音楽との関係を描いているけど、それにしても内容が乏しい。あと理子たちが通っていた小学校は制服があるけれど私立なのだろうか。
心也は理子の言葉にショックを受けるけれど、だからといって理子は心也を裏切らない。最初に手を取ったのは心也なのだ。アキへの憧憬であって、心也への侮辱や現状への不満ではない。
それでも茉莉がファザコンと純愛で高樹(たかぎ)と秋に引き裂かれる思いを抱くように、理子も秋とアキの間で苦悩する。そんな理子の思いに最初に寄り添うのも心也。いつも彼の方が秋よりも早く行動する。
心也が提供した楽曲は高樹の合格点を貰っている。そのお墨付きだけで心也は嬉しかったし、理子も曲を歌うことを楽しんでくれた。が、世間に自作を発表することは、自分の曲が売上や順位という数字に変換され、世間の評価を受けることを意味し、そこに多大な不安を抱えていた。
そんな精神状態でCRUDE PLAYの秋の新曲を聞くと、才能に嫉妬せずにはいられない。しかも この頃の秋が想定している歌い手は手の届かない理子。理子が歌うことで魅力的になる曲を作れる秋は今の心也にとって毒物でしかない。それなのに この理子用の曲を秋は茉莉に回した。それもまた無自覚な暴力でしかなく、心也は茉莉に同情する。だから遭遇した秋の短慮に触れて心也は殴りかかっていまい、返り討ちに遭う。それでも心也は殴った方の秋の手のことを心配するぐらいに優しい。憎しみだけじゃなくリスペクトが根幹にある。


家の前で起こった乱闘騒ぎを理子が感知し、倒れていることもあり心也の心配をし彼だけを家にあげる。それは秋に対する理子の怒りの表明だった。そして秋に面と向かうとメンタルが崩壊してしまうからでもあった。引き裂かれた心を抱える女性は難しい。
それは茉莉も同じ。レコーディングに際し、秋の同席を待つとワガママを通す。その連絡を受けた秋は、理子が見ているとも知らずタクシーに乗り込みスタジオに向かう。秋が理子と心也が同じ空間にいるだけで我慢ならないように、理子だって茉莉の元に向かう秋を見たくない。
そうして理子が茫然自失としている間に心也は理子の部屋にあった秋の理子のための楽曲の存在を知り、そのデータを盗み取る。
茉莉のレコーディングに立ち会って、秋は自分の曲が理子を想定していたことに ようやく気が付く。天才は鈍感で、いつだって誰かを傷つけるまで何も分かっていない。
そんな自分の罪を認めずに秋はレコーディングを中止し曲をボツにする。まるで全てを見通せるプロのような語り口で。そして責任を取るために1時間で新曲を作るとスタジオに籠もる。秋の心の動きを知らない茉莉が、自分のことを大事にしてくれるからこその行動だと誤解するのは滑稽で悲惨だ。秋の頭の中に浮かぶのは理子との関係における自分の不幸から生まれた曲なのに、茉莉は自分が秋の心の中心にいると思って ご機嫌になっている。
茉莉に指摘されたように新人歌手の理子は口パクを強要される。新人が生放送で生歌を歌うリスクの高さを考えてのこと。この情報は蒼太(そうた)のメールを自動転送で受信している寺田(てらだ)にも知られ、彼女はそれを理子の攻撃材料にしようとする。
理子は事務所の方針に不満を隠せないけれど、自分たちの曲がCDショップの店頭に並ぶ状況に心を躍らせずにはいられない。高樹にCDデビューすることの意味や贈り物をされて それだけで理子の不満は消失する。理子の言う通り、高樹はずるい。






