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少女漫画と小説の感想ブログです

尾行にも ジンクスに頼ろうとする私にも勘づいていながら、君は平気で嘘をつく。

君は春に目を醒ます 3 (花とゆめコミックス)
縞 あさと(しま あさと)
君は春に目を醒ます(きみははるにめをさます)
第03巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★(6点)
 

人工冬眠(コールドスリープ)で7歳上だった千遥が同級生になってドキドキの絃。ただの妹ポジションから一歩踏み出すために、「千遥くんが目覚めてから兄だと思ったことは一度もない」と伝えてから千遥の様子が変で……? 新たなコールドスリーパーも登場し、文化祭では2人の関係を変える大事件が!?

簡潔完結感想文

  • 絃の手作り弁当を巡る千遥の狂気。弥太郎人気は千遥不人気もあるのでは…。
  • 年の差のあった男女が同じ年になったのとは逆の、年の差が出来たパターン。
  • 千遥の偏執的な調査によって鈍感な彼にも絃の好きな人が自明になったのが…。

こか底知れない千遥のことが怖いから単純明快な弥太郎を応援しちゃう 3巻。

千遥(ちはる)サイコパス説が浮上する『3巻』。
少女漫画的に単純化すると本書は千遥と弥太郎(やたろう)という2人の男性のヒロイン・絃(いと)を巡る物語である。千遥という正ヒーローがいるにも関わらず弥太郎人気が高いのは彼が不憫な当て馬だからだけではない気がしてきた。

弥太郎は感情表現がストレートで共感しやす。だが不器用ながらも頑張る弥太郎に比べると、千遥は知能が高いがゆえに何もかもを自分の掌中に収めようとする部分が見え隠れする。そのためには平気で嘘をついたり、人を威圧したりと狡猾な部分も見え隠れする。それら全てが絃のためと変換できるものなら、絃が愛されていると思い読者も安心できるのだが、千遥の場合は利己的に見える。絃のことを知りたい、というよりも、絃のことを知らないことが許せない、という自分に向けた感情なのだ。

だから絃を罠にはめてまで彼女の隠そうとする真相を暴く。そこには彼女や周辺をコントロールしたいという支配欲に近いものを感じる。そして絃の気持ちを知った時、それが自分の予想外の出来事だった時、彼は逃亡する。自分にとって不測の事態だから、絃の気持ちなど考えることなく ただただ逃げて気持ちを落ち着かせる。全てが掌中にないことが受け入れられず、自分の気持ちを立て直し、その後 きっと何食わぬ顔で絃と対面するのだ。何もかも知っているのに、何も知らない無垢なふりをして。そんな人を読者も好きにはなれない。

そのような千遥の言動は読者に不信感を呼び起こし、その感情を持ちながら再読すると千遥の一挙手一投足がポーズに見える。

もはや悪役の「シャイニング」的な狂気。弥太郎が真相を話したら千遥は彼を殺(ヤ)るかも…。

だ千遥の混乱も分かる。描写不足は否めないが、彼にとっては この1年で「妹」的な存在の絃が同じ年になり、そして恋愛対象として見なければならなくなるのだ。1年前は10歳だった少女が、急に外見は17歳の同じ年になったからと言っても、千遥の心では11歳にしか見えないだろう。言い方は乱暴になるが、ロリコンであることを強制されているようなものであろう。千遥が倫理的であればあるこそ この恋愛には無理が生じるのも分かる気がする。

人工冬眠者(コールドスリーパー)にとっては恋愛対象は難しい問題な気がする。特に作中で扱われる10代の子供たちにとっては大きな問題であろう。千遥なら17歳として生きるのか24歳としての覚悟を持つのか自分の所属を決めなくては ならない。
もし千遥が眠る前に心から愛した同級生がいても、目が覚めた時に恋愛を再開するかは難しい。生き方を縛る訳にはいかないからその人の現状も分からない。交際するにしても年齢差の問題も出てくる。

そして絃の場合のように、年下だとばかり思っていた人と恋愛をするのも難しい。この状況が何かに似ていると思ったが、それは少女漫画における「兄妹モノ」に似ている。これまでも人工冬眠というよりも千遥は単なる転校生といった感じだったが、今回は禁断の兄妹愛の要素を強く感じた。

千遥と絃の場合ならば、溺愛する妹の好きな人が気になりすぎる兄。だが妹が本気で自分を好きだということが判明し、その気持ちを正面から受け止めることが出来ない、という兄妹モノの第1話といった感じだろう。

しかも この2人の場合、初めから血が繋がっていないことが判明している兄妹なのだ。そう考えると千遥には倫理観が働くのも無理はない。しかも千遥の場合、認識としては10歳ぐらいの妹に迫られている訳で、兄としては逃亡するのが正解だろう。

現実だけ見れば血縁はなく、同学年の女性。倫理的に何も問題はないが、頭が追い付かない。そんな彼が冷静になる時間が必要なのは当然のような気もする。


が告白の時が来たと『2巻』から話を引っ張ったのに、冒頭2ページで未遂に終わる。途中で邪魔が入った形だが絃は自分がまた先走らなくて済んだことに安心する。

逆に弥太郎は合宿での自分の行動を早まったと死ぬほど後悔していた。絃は内心の動揺は多少あるものの弥太郎と普通に接する。千遥がいつまでも絃の恋愛感情に気づかないように、絃も弥太郎の恋愛感情には気づかない。鈍感で人を傷つけているのは2人とも同じなのである。

ただ絃は千遥の自分に対する心境の変化を如実に察知しており、攻めの姿勢を崩さない。
その一環として彼にお弁当を作ることを計画する。それを知った弥太郎は自分も一品でいいから食べたいと縋りつく。サプライズで用意した お弁当だったが、初日は事故で階段から落としてしまい絃は渡さないまま。

弥太郎の一品だけは盛り付けも何もないから渡すが、それを千遥が目撃する。千遥は絃に問うが、お弁当作りをサプライズにする絃は言葉を濁す。不審に思った千遥は弥太郎に問いただすが、弥太郎は事実を自分に都合よく伝え、マウントを取る。

どうしても絃の行動が気になった千遥は下校しようとする彼女を呼び止め、弥太郎への手作りの真相を聞き出す。千遥の誤解を知り、絃は真相を白状し、千遥は絃の手作りが弥太郎だけじゃなかったことに安堵する。

そんな千遥に絃は「いつだって千遥くんのことを一番に考えてる」と津輝。すると千遥も「オレも同じだ」と答えた。真意はともかく言葉は嬉しい。少しずつ この恋愛に光が見えてくるような前進する感覚が楽しい。

こうして千遥は絃のお弁当を早速 食べるのだが、カラスが鳴くような時間帯で この お弁当は大丈夫なのだろうか…。絃も千遥のことが好きなら、この日は安全と健康を考えて処分した方が良かったのではないか。
絃は翌日も お弁当を作ることを約束する。これ以降 描写がないが絃の この習慣は長く続いたのだろうか。


る日、1年生の後輩女性が千遥のことを教室の外から眺めているのを目撃した絃。その女子生徒・滝本 杏(たきもと あん)が いつも千遥を見ていることに気づき、ライバル出現と危機感を覚える。

絃は杏を牽制するため、千遥の彼女だと勘違いさせる作戦に出る。この時点で絃も なかなかに気が強いし負けず嫌いだし腹黒いような気がする…。千遥の袖口をつまむぐらいの勇気しかなかったが、千遥は手を繋いでくれる。もちろん千遥の方は今日は昔みたいに手を繋いでもいい日、ぐらいの認識なのだが。

自分でも不思議なほど強気な行動を絃が取ったことで杏は退散したかと思われた。だが ある日、杏と千遥が2人で会話をしている様子を目撃してしまう。杏がもし千遥に告白しても、千遥は告白を取り違えることはない。それは杏が一度も千遥の「妹」ではないから。これは絃側の「兄妹モノ」ならではの切なさに感じられる。

焦燥が絃を動かし、千遥と別れた後の杏に 彼のことが好きなのか問う。そして絃は、杏が答える前に自分がどれだけ千遥を好きかを まくしたて、杏に負けない気概を見せつける。
途中で杏は絃の言葉を制し、自分は千遥に対して恋愛感情ではなく人工冬眠者だから興味があると訂正する。杏には人工冬眠者で、3年前までは同じ年だった男子がいる、という。


2か月前に目を覚まして、現在は中学に通う周藤 澪(すとう みお)。人工冬眠者ということで学校で浮いていて、同じ立場なのに学校に馴染んでいる千遥を参考にしていたという。杏は絃の牽制で自分が絃に勘違いさせていることに気づいたという。本当に他意はない。

その後、絃は杏と一緒に、千遥が澪といるという病院に向かう。だが まだ13歳のままの澪は難しい年頃ということもあり、杏に対して反抗期に入っていた…。

澪は千遥を慕っているが、杏を拒絶する。千遥の方も、初めての人工冬眠者の知り合いということで澪と接するのは嬉しいらしい。

拒絶されている杏だが澪の態度が不安で、尾行を決行する。自分の前では見せない表情の数々に杏は衝撃を受け、そして激写。千遥に尾行に気づかれており、彼の見解からすると澪は年齢差が出来た現在の杏との接し方に戸惑っているだけ、というのが千遥の見立てとして話される。
それは千遥の絃に対する感情と似ているものだろう。だからこそ千遥は澪に共感し、そして他の者との相容れない価値観を覚える。

そんな彼の排他的な言動に同行していた絃はショックを受ける。
やがて澪が尾行に気づき、激おこモードになるが、絃は杏の気持ちを代弁し、拒絶だけはしないで、という人工冬眠者たちへのメッセージを届ける。自分の気持ちを言葉にできる絃は賢く強い。序盤の彼女は こういう人間だったはずなのだが…。


遥は澪たちを置いて、先に その場を去る。その際、澪に「もう子供じゃない」という彼の杏への不満であろう言葉を残し、澪に冷静な行動を促した。澪の悩みを先輩の千遥が解きほぐすように、千遥も年長や、先に目覚めた人工冬眠者の話を参考にすれば2人の関係は こじれなかったかもしれない。物語の後半に やや唐突に人工冬眠者はカウンセリングを受けている描写が挿入される。先生は割と無能っぽくて あまり人工冬眠者の役には立ってはいない。作者としては徹頭徹尾10代の若者と人工冬眠というテーマにしたかったのだろうか。

そして千遥は拒絶されたと思った絃のフォローも忘れない。だが同時に千遥は自分の力不足を感じていた。その力量を比べるのは、本来の時間の流れなら24歳として生きている自分。戸籍上は24歳なのに17歳の見地でしか話せないことが千遥には もどかしいのだ。
それは澪も同じだろう。16歳の自分が13歳の「弟」のように杏から扱われるから苛立ってしまう。2組の年の差のあるはずの/ないはずの男女は、それぞれの問題を浮き彫りにしていく。2組が共鳴し合っている様子が分かり、澪&杏を出して世界が広がったように思う。

ネット媒体発の大判コミックに居そうな凹凸カップル。後発カップルながら絃たちを先行するのかな?

いては文化祭回。
絃は、同じ高校の卒業生である弥太郎の姉に過去の文化祭の様子を参考にさせてもらいに弥太郎の家を訪れる。千遥も同行し弥太郎の動きを監視し、弥太郎は姉が勝手な言動をしないかを気にかける。

千遥は弥太郎に中学時代の卒業アルバムを見せてもらい、自分の知らない絃を堪能する。

その間、別室では絃は弥太郎の姉に恋愛について聞かれていた。絃が、弥太郎のことは友人として好き、側にいてくれてよかったという評価をしてくれたのを弥太郎は廊下で聞く。自分の印象がマイナスでないことに感動する当て馬は やはり面白い。

そして絃は、千遥には身動きが取れないという話から、10歳年上の弥太郎の姉の時代にはあった後夜祭のジンクスの話を聞く。それは後夜祭での「ライトアップの瞬間に好きな子に触れると結ばれる」というもの。これは10年後の絃たちの世代には伝わっていないジンクスだった。絃は そのジンクスを成功させることで、千遥への告白のステップにしようと考える。ずっと絃が告白という目標に動いているのが良い。


だ このジンクスの話を廊下で聞いていたのは弥太郎だけじゃなかった。千遥も聞いており、絃に好きな人がいること、そして一度 失敗したという話が漏れてしまう。千遥は それが自分のことだとは考えず、絃が秘めた恋をしていると勘違いしてしまう。

千遥に問われても弥太郎は絃の好きな人を教えない。絃本人から口止めされているし、何より自分にメリットが何もない。簡単に口を割りそうな弥太郎が黙秘するため、千遥は後夜祭の絃の行動を監視することで好きな人を炙り出す計画を練る。そして計画を知る弥太郎に、絃へのジンクス中止の内通を禁止する。それだけ千遥は絃の好きな人に興味があるんだろうと思える場面ではあるが、一連の千遥の表情が怖い。なかなかサイコパス風味のヒーローだから、作者も持て余し、やがて弥太郎ばかりが動くことになるのではないかと思ってしまう。

絃も賢いから、7年前にも高校生だった千遥は このジンクスが健在だったのではないかと思い至り、千遥にジンクスを知っているか遠回しに聞く。ここでは7年前がどうであれ、今の千遥は立ち聞きしてジンクスの話を知っているはずなのに嘘をつく。やはりサイコパス。こうして絃は千遥の罠にはまろうとしている…。


日の絃たちのクラスの出し物は執事&メイドカフェ。コスプレは少女漫画の文化祭の基本です。

千遥は絃を悲しませる ろくでもない男を敵視している。だからこそ炙り出す。この時、千遥は元同級生で現担任の樋口にもジンクスと自分の計画を話す。千遥はジンクスの経験者で、だからこそ それが効果がないことを知っている。だが それでも絃の好きな人を見極めようとする。そこに論理はない。あるのは私情だけだ。

この文化祭1日目では杏と澪の話もあり、他校の男性に絡まれる杏を澪が上手く助け出せなかったことから2人の対話が始まる。本来の同じ年のままだったら杏に男性を近づけたりしないのに13歳の身体では何も出来ない ただのガキだということを思い知らされる。だから杏に幻滅される前に自分から離れようとしても杏が離れない。そのもどかしさを澪は抱えていた。そんな彼の率直な言葉の中に自分への好意を感じた杏であった…。


化祭2日目が始まり、絃は千遥と一緒に学校内を回る。

2人は弥太郎や周囲の者から見れば ただのカップルだが、まだまだ遠い片想い。絃の感覚では8年前にも一緒に回っているが、その時は兄妹にしか見えなかった。そこから千遥の感覚で1年でカップルに見えるようになった。その感覚の違いが2人の間に流れる川だろう。

後夜祭が始まる直前、千遥は絃を監視するために彼女から離れる。だが絃にしてみれば千遥がいなければジンクスが成立しない。そこで絃から後夜祭を一緒に見たいのは千遥だという言葉を聞いて、千遥は絃の好きな人に思い当たる。

だからこそライトアップの瞬間を迎える前に、絃から離れた。千遥の心境は上述の通り、混乱の中にいるのであろう。

千遥を探し回る絃だったが、その瞬間、彼女の腕は弥太郎に握られていた…。果たしてジンクスは本当に効果がないのか!?

好評による連載延長で白泉社の悪癖「告白リセット」「告白するする詐欺」が目を醒ます。

君は春に目を醒ます 2 (花とゆめコミックス)
縞 あさと(しま あさと)
君は春に目を醒ます(きみははるにめをさます)
第02巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★(6点)
 

絃の7歳上の憧れのお兄さん・千遥が、病気治療で人工冬眠(コールドスリープ)をして同級生に! 千遥に恋する絃は、“妹扱い”の距離の近さに心振り回される。一方、絃の誕生日を7回分祝い損ねていることに気づいた千遥は……!? 年の差の恋も、同級生の恋も、あなたとする。新感覚ロマンス第2巻!

簡潔完結感想文

  • 長期連載開始で白泉社お馴染みの日常回祭り ~季節のイベントを添えて~ 。
  • 7年前から前へ進もうとする千遥は10分ほどの眠りの中で7年間の時間を過ごす。
  • 自分が本来 在るべき形を歪めている異分子だという見解に千遥の出す答えは…。

はや千遥は7年ぶりに日本に帰ってきた転校生ぐらいの扱い、の 2巻。

『2巻』は良くも悪くも軽い。
再読して良いと思ったのは雰囲気の明るさ。終盤と違い、登場人物たちに切羽詰まった感じがないので まだまだ肩の力の抜けた彼らの緩い青春を楽しめる。
また この『2巻』収録の内容から連載が好評につき長編化した部分となる。なので『2巻』の冒頭は本書の設定の説明が入っている。
そして長編化したからか『2巻』は日常回が多い。誕生回に部活回、食事回ときて学校イベントで お泊り回という少女漫画の定番シチュエーションや学校イベントを駆使した内容となっている。
そのイベントの中で少しずつ変わりゆく関係性を描いており読んでいて非常に楽しい。何よりも こじれに こじれた最終盤に比べると明るい青春の日々である。この頃はコミカルで軽やかで楽しかったなぁ、と思わざるを得ない。
最終盤は再読したい気分にならない内容で、ちょっと匙加減を間違えているような気がしてならない。時に笑えるぐらいの三角関係が楽しかったのになぁ。

この頃は絃がライトに溺愛されているのが楽しかったが、段々と恋愛が重苦しいだけになった…。

いと思う点は2つ。1つは白泉社のリセット機能が爆発しているところ。思い返せば『1巻』の終盤でヒロイン・絃(いと)がヒーロー・千遥(ちはる)に妹のように扱われることに甘んじたのも、連載継続が決定し、2人の関係に決着を付けるのを避けたのではないかと疑ってしまう。玉虫色に作品を磨き上げるのが白泉社の連載の最重要課題で、『2巻』のラストの告白の雰囲気も(ネタバレになるが)詐欺となる。
早くも少女漫画の王道を進み始め、商業主義に飲み込まれていったように思える。

そして もう1つ悪いと思うのが本書のオリジナル設定が思うように機能していないところである。
千遥は人工冬眠者(コールドスリーパー)で7年間の眠りの後、目覚め、本来は7歳差ある絃と同級生になる。千遥の意識では絃が たった一晩で成長したように見えるが、彼を ずっと好きで7年ぶりの再会に胸を熱くする絃という2人の間にある温度差が埋めがたいギャップとなり、それが恋愛の障害になっている。

ただ『2巻』の内容だと千遥は ほぼ異邦人というだけにしか見えない。冒頭の一文に書いた通り、彼が7年ぶりに絃の前に現れた帰国子女の転校生であっても十分に話が通じるレベル。『1巻』の感想文で長々と不満を述べているが、設定に対する掘り下げが いまいちなのである。

単純な恋愛模様としては適度な軽さなのだが、設定に対しては軽すぎるように見える。そこが残念。早い段階で1回でも千遥視点の物語を提示して、人工冬眠が彼に もたらしたものを示して欲しかった。一種のタイムスリップのように7年を跳躍することの意味、周囲とは違い自分だけに欠落した7年の記憶という恐怖など、千遥の心境が分かる手掛かりが必要だったはず。千遥の背景が薄いまま恋愛模様だけを伝えても、読者には千遥の悩みや躊躇は共感できない。

風変わりな設定で注目されたけれど良くも悪くも、本書が普通であることを証明してしまった『2巻』のように思う。


覚めから4か月、千遥は体力も戻り、学校に馴染んでいる。

だが相変わらず、千遥は絃を妹としか見ておらず、絃が自分を好きだとも思いもしない。千遥は自分で「恋愛方面に疎い」と言っていたが その鈍感さが人を傷つけもする。クラスメイトとなった弥太郎(やたろう)は、絃の好きな人が一目瞭然だからこそ身動きが取れないのに、千遥は弥太郎の気持ちを踏みにじるような発言をし、それが弥太郎の苛立ちになる。

9月は絃の誕生月である。男性陣は絃に内緒で計画を立てるが、弥太郎の不器用さで絃にバレてしまう。弥太郎は不器用で嘘がないからこそ一途に見える。

この回は『1巻』の夏祭りと同様に、7年前の千遥との思い出がリンクする構成になっている。
千遥は祝えなかった7年分と合わせて8回分の お祝いを用意していた。高校生の範囲内でやれる1日で8回のサプライズ。放課後、美容師の弥太郎の姉の力を借りて、千遥の7年前の約束を果たされ、絃がドレスアップする。途中、弥太郎は絃から お返しに彼の誕生日をお祝いすると言われ退場する。
1つのサプライズが失敗してしまったが、2人きりになった後、最後に千遥は この街の夜景を見せてくれた。絃は千遥と同じ立場で誕生日を祝ってもらうだけで幸せだが千遥は祝い損ねた誕生日を気にしている。
そこで千遥に欠けたサプライズ分の1つのお願いをする。それが7年前の絃が憧れていた王子と お姫様の映画の再現である。千遥が ひざまずいて絃の手の甲にキスをするのは、彼の中で絃が「妹」という意識だから気軽にされる面あるが、絃にとって幸せであることには変わりはない。


いては千遥の部活動のお話。
元・同級生で現・担任である樋口(ひぐち)から弓道部への復帰を、壁ドンされながら懇願される千遥。弓道部なら道具を持ち歩きそうだが、その情報は絃も知らなかった(後付けだからか…??)。千遥は7年前は県大会で個人優勝の実力だという。

練習試合に駆り出されるのを渋っていたが、絃に弓道をしている姿を見たいと言われ快諾する。この回は部活動回でもあり、千遥は弓道部、弥太郎は化学部としての一面を見せる。

千遥の実力は変わっておらず、絃はなぜ彼が部活復帰を渋っていたのかが謎に思う。同じことを思った樋口から練習試合後も弓道部での活動を懇願される千遥だったが、一度やめたものに「とらわれていたら、あの頃から先に進めなくなるような気がする」し、同じことを始めても7年前の時間は戻らないことを痛感するばかりなのではないか、という懸念がある。彼は弓道に戻らないことこそ今の時間を生きることなのではないか、と考えていた。それが過去に囚われないようにする千遥なりの7年の「ブランク」の埋め方なのだろう。

ただ そのように過去と一切の繋がりを断ち切る生き方を、絃は良しとしない。今 好きなものまで無理に捨てることはない、と千遥に教える。こうして絃に初めて お姉さんのように導かれて、千遥は感激する。その感謝を込めて千遥は許可を取って、彼女を抱擁する。2回連続、絃は役得の立場である。「妹」という立場を駆使いているものの胸キュン展開である。


遥は弓道部への復帰を決め、その日は2人で一緒に帰る。その帰り道、両親が出掛けているという絃を千遥が家に誘う。この一日の話は、本書で初めての連載っぽい話の続き方となる。

千遥の家も親が帰宅しておらず2人きり。彼が目覚めて以降、訪問する際には常に母親はいたが 2人きりは初めて。嫌でも意識する絃。7年前はまるで自宅のようにくつろぎ、千遥と一緒にいられる喜びだけだったが、今回は緊張して身体が固まる。逆に千遥が簡単に絃を家にあげるのは、7年前の感覚が残っており、やはり絃を異性だと意識していないからだろう。

食事後すぐに帰ろうとする絃だったが暴風雨に見舞われ、足止めを食らう。千遥に映画を見ることを提案され、会話をしなくていいことに安堵する。絃の映画の好みも7年で変わっている。だが会話がないことは かえって彼の存在感を際立たせる。並んで座る彼のちょっとした動き、息遣い、それらに絃は身を固くする。

だが千遥は映画観賞中に寝てしまい、絃の肩に寄りかかってきた。弓道の試合の疲れもあるだろうが、それだけ絃に緊張していないということでもあろう。時間差も埋まらないが、相手への感情の種類も埋められない差がある。

うたた寝する千遥が夢で7年前の絃の姿を見たことで、彼は目覚めた時、大きくなった絃の姿との違いが如実になった。自分が囚われている時間と、現実の差がハッキリしたのではないか。もしかしたら人工冬眠の7年間の目覚めよりも、今回の10分ほどの眠りの方が、彼の意識に7年分の時間を経過させたのかもしれない。

絃は千遥を起こす。雨はまだ降り続いていて、絃は またもや自分を子ども扱いする千遥に宿泊を勧められるとばかり思っていたが、実際には千遥は絃を家に帰す。それは千遥にとって初めて絃を同年代の女性とした瞬間だったのだろう。少しずつ何かが変わり始めている。


いては2泊3日の勉強合宿。だが千遥の様子はリセットされており、いつも通り。まだまだ癖で絃の面倒を見てしまうところも散見される(後に反省するけれど)。

この回は不憫な弥太郎視点が多い。弥太郎は夢でも謝罪するぐらい過去の自分の絃への悪行を悔いていた。
そんな彼の現状(千遥の出現も含めて)を知る弥太郎の親友・雨村(あまむら)によって、絃は弥太郎と倉庫に2人きりで閉じ込められてしまう。このところベタなシチュエーションばかりが続く。

雨村は、こんな時に少女漫画なら助けに来る立場のヒーロー・千遥に対して、千遥の このタイミングでの目覚めが2人の未来を変えた、と釘を刺し、千遥の動きを封じる。千遥の絃への感情が恋愛ではないことを再確認し、動機も先につぶす。
なかなかの策士だが、だからこそ この後も雨村を好きになれない。雨村が弥太郎に忠誠を誓うようなことをするのは、中学の時、弥太郎が雨村をカツアゲから守ったから。そして小学生の頃はバカ丸出しだった弥太郎が、中学に入ると雰囲気が変わり、そんな彼の様子を観察しようとしている。人工冬眠者が周囲にもたらす影響への興味もあって雨村はマッドサイエンティスト気味に3人の関係性の変化を観察している。

もしかしたら雨村にとっては、この仕組まれた事件は、千遥のいない「if」世界の創出だったのかもしれない。本来は結ばれる可能性の高かった絃と弥太郎。そこで千遥を世界から再度 排除することで絃たちが恋仲になるか、という思考実験なのだろうか。

白泉社の文法に飲み込まれて、こんなことをされても絃は鈍感ヒロインのまま。ここからが長い。

際、倉庫で2人きりであることを弥太郎は過剰に意識する。これは前回の千遥の家での絃の過剰反応に似ている。

その絃は昨夜の髪の乾かし方が甘かったためか、風邪っぽい。寒くて震える彼女のために弥太郎はジャージを貸し、その上、絃を抱きしめる。絃を温めるという大義名分を駆使しつつも、私欲にまみれた弥太郎の行動だ。好きだからイジメて、好きだから過剰なスキンシップをする。いつでもバランスのおかしい行動を取ってしまうのが弥太郎だ。

そんな時、千遥が現れる。結局、彼は絃のナイトになることを選んだらしい。弥太郎に抱擁される絃を発見し、千遥は無言で彼女を奪還し、更に無言で弥太郎を睨みつける。

そして絃が倉庫を出た後、千遥は弥太郎を詰問する。そんな千遥の圧により秒で謝罪する弥太郎。だが飽くまでも兄として振る舞う千遥に、謝罪した自分の情けなさも加わり、反抗的な態度を見せる。そして兄でも保護者でもない他人である千遥を牽制する。

雨村と合流した弥太郎は本当に彼を殴りつける。余計なことをせず、黙って見てろと彼のお節介を封じる。それで休戦。サッパリとした男の友情である。

千遥は、弥太郎に言われたことが気になって あまり眠れない。そして今回の雨村の介入で、絃が恋をする年齢に達していることを気づかされた。また弥太郎の言う通り絃の兄ではない自分に戸惑う。

そんな千遥の言葉を聞いて、絃も千遥が目覚めて以降、兄だと思ったことはないと告げる。彼の気持ちが変化していることが見て取れる今こそが、告白の時なのか…⁉


「音の在り処」…
ピアノの世界で神童と呼ばれた晃祐(こうすけ)だったが心因性の原因によりピアノの音が聞こえなくなった。周囲の重圧が消え、自由に生きる彼は告白してきた女性と付き合う。

すごく短期間で男性のトラウマを解消するヒロインの お話、といったところか。トラウマの解消によって息の詰まるような家庭内の問題も解消し、ヒロインは彼にとっての かけがえのない人だと気づかされる、という長編のような構造。ただ短編でやるには不向きで、ヒーロー視点なのでヒロインの存在が弱く、ヒーロー側が独り善がりに周囲を傷つけているように見え、カタルシスがない。

また この主人公も自分の歩んだ選択のせいで周囲の人間関係を崩れさせてしまっている。これは本編の千遥と同じである。